第 1 章 研究背景と先行研究
1.1 表面電位は粒子の到達を変える
Section titled “1.1 表面電位は粒子の到達を変える”宇宙空間の表面は、電子・イオンの捕集、光電子放出、二次電子放出などによって帯電する。表面電位は粒子が到達できる速度領域を変え、その捕集電流が再び帯電状態を変える。 Whipple のレビューは、この電流収支、差動帯電、電位障壁を統一的に整理した基礎文献である[19]。この問題では、総電荷だけでなく、異なる表面部分の電位差が意味を持つ。
単一の浮遊物体を等電位とみなせる場合、電流収支を一つの電位について閉じられる。絶縁体、多数粒子の集合、粗い地形では、局所的な照射と遮蔽、接近軌道、再吸収先が異なる。 BEACH が三角形要素ごとに電荷を保持するのは、この空間的な差を表現するためである。ただし絶縁体という指定は、材料内部の分極と伝導まで含むことを意味しない。
1.2 月面・無大気天体での動機
Section titled “1.2 月面・無大気天体での動機”太陽風の電子とイオン、および太陽光で放出される光電子は、無大気天体表面の帯電とシースを作る。 Stubbs らは帯電したダストの静電加速と弾道運動を組み合わせる dynamic fountain model を提案した[17]。これはダスト移動を考える動機となるが、帯電を求めるだけで浮上量を確定できるわけではない。付着力、粒子の質量、初期条件を含む別の力学評価が必要になる。
粒子スケールの表面を扱った Zimmerman らの研究は、レゴリス粒子間の電荷差が、平面シースだけから見積もる電場と異なる局所電場を作り得ることを示した[22]。この知見は、幾何と局所電荷を解像する研究の動機となる。同論文の伝導と絶縁破壊に関する物理まで BEACH に実装されたとは解釈しない。
観測解釈にも複数の機構がある。Horányi らは LADEE の観測した非対称な月周辺ダスト雲を高速な惑星間ダストの衝突による放出として説明した[6]。したがって、月面ダストの存在をそのまま静電浮上の証拠と扱うことはできない。 BEACH を使う研究では、帯電機構の検証と、ダスト観測の起源の検証を分ける必要がある。
1.3 シースモデルと三次元局所計算
Section titled “1.3 シースモデルと三次元局所計算”Zhao らは平面光電子シースの解析解と kinetic PIC 計算を比較し、非単調な Type A と単調な Type B、Type C の電位構造を扱った[21]。第8章の外部シースモデルはこの平面定常モデルの定式化に従い、同章の closure はそれを箱の外の領域に用いる。全領域を PIC で解くものではない。
Sana と Mishra は、太陽光と太陽風の分布を考慮した単調・非単調シース構造を解析した[15]。複数の電位構造が候補となることは、closure の型を明示して検証する理由になる。同じ著者らは、太陽風イオンの有限温度を圧力項としてイオン流体に加え、シース構造への影響を調べた[16]。第8章の外部シースのイオン輸送は、この流体モデルに従う。
三次元の粒子・地形スケールと、より大きい外部シーススケールを両方 kinetic に解くと、空間解像度、飛行時間、粒子数の要件が同時に増える。 BEACH は局所の三次元表面電荷と軌道に計算を集中し、必要なら外部領域を平面定常シースの零電流根へ縮約する。この分担は計算の目的に応じたモデル化であり、PIC と同じ現象を一般に保持する保証ではない。
1.4 採用手法の系譜
Section titled “1.4 採用手法の系譜”三角形上の Green 関数とその勾配の解析積分は、panel 型の場計算の基礎となる。 Wilton らは多角形上の一様・線形 source の電位積分を閉じた形で与え[20]、 Graglia は線形形状関数と Green 関数の勾配を含む積分を整理した[3]。 BEACH は要素内一定密度(P0)の source を用い、立体角は Van Oosterom と Strackee の公式で評価する[18]。
遠方群を階層的にまとめる treecode は Barnes–Hut の考え方に連なる[2]。 FMM は source の多重極展開と target の局所展開を用いて長距離相互作用を高速化する手法である[4]。 BEACH は近傍で三角形積分を保ち、遠方に三角形の面積平均 moment を用いる。このため、三角形を重心の点電荷に置き換えるモデルとは近傍精度も高次 moment も異なる。
2 軸周期系の Ewald 分割については Lindbo と Tornberg の定式化が参考になる[7]。 BEACH は同論文の FFT 型の解法ではなく、Ewald 和を参照として生成した遠方作用素を FMM に組み込み、 Gauss 則で閉じる零モードを別に加える。粒子更新には Boris 法、軌道線分と三角形の交差には Möller–Trumbore 法を用いる[9, 13]。